「2012年12月」アーカイブ|消費者契約法判例集
◆ H23.08.02西宮簡裁判決
消費者法ニュース90号186頁、国セン発表情報(2012年11月1日公表)
【事案の概要】
原告は、被告と建物(本件居室)の賃貸借契約(本件賃貸借契約)を締結した。本件賃貸借契約には、預託された敷金50万円から無条件に40万円を控除するという敷引特約(本件敷引特約)があったことから、原告は、被告に対して、本件敷引特約は法10条に反すると主張し、敷金の返還を請求した。
【判断の内容】
本件敷引特約は、敷引率が80%と高率であり、かつ、月額賃料の約4.3倍になることからすると、敷金授受目的を超えるもので高額に過ぎると評価せざるを得ず、高額な敷引金を許容する特段の事情は認めがたい。ただし、本件については、①被告は敷引金40万円以外には、更新料及び礼金等の金銭を原告から徴収していないこと、②賃借期間が6年間であったこと、③原告は、本件賃貸借契約に先立ち、本件敷引特約について説明を受け、その趣旨を十分に理解した上で本件賃貸借契約を締結していること等の事情が認められるところ、これらの事情は、敷引額を考慮する合理的な理由と認めるのが相当である。以上の事情からすると、本件敷引特約については、月額の3カ月分が相当な敷引金の範囲と解するのが相当であり、それを超える額については、敷金の性質からして、一般消費者である原告の利益を一方的に害する特約として、法10条に反して無効である。
◆ H23.07.28東京地裁判決
平成22年(ワ)第47503号不当利得返還請求事件
判例タイムズ1374号163頁、現代消費者法19号83頁、国セン発表情報(2012年11月1日公表)
裁判官 木納敏和
【事案の概要】
原告は、被告に対し、往復航空券及び3日分の宿泊先の手配を依頼し、手配旅行契約(本件契約)を締結した。本件契約の約款においては、「旅行者が手配旅行契約を解除した場合には、取消料、違約金その他の運送・宿泊機関等に関する費用を負担するほか、被告に対し所定の取消手数料金及び被告が得るはずであった取消料金を支払わなければならない」と定められていた。被告の担当者は原告に対し、本件契約を締結する際に、原告が予約手配を申し込んだ航空券について、発券後の取消し手続料金が代金の100%となることを説明し、原告に対し、この説明内容が記載されたパンフレットを交付した。原告は、旅行代金を支払い後、本件契約を解除する旨の意思表示をした。原告は、本件約款が公序良俗に反して無効であり、仮にそうでないとしても法9条1号により「平均的な損害」を超える部分について無効であると主張し、本件契約に基づき支払った金員からすでに返還を受けた金員を控除した分の返還を請求した。
【判断の内容】
本件約款は、標準旅行業約款に基づくものであることから、公序良俗に反しない。
本件約款は、①既に旅行者が受けた旅行サービスの対価、②取消料、違約金その他の運送・宿泊機関等に関する費用の負担、③旅行業者に対し、所定の取消手続料金等を定めているものであって、その内容に照らせば、「平均的な損害」の内容を一般的に定めたものと解される。そして、原告の自己都合による解除で生じた航空会社やホテルに対して支払うべき取消料・違約料に相当する額を、原告のために手配を行ったに過ぎない被告が負担しなければならない理由はないのであるから、これらの取消料・違約料相当額は、法9条1号の「平均的な損害」の範囲内のものとして、被告には返還義務が生じないと解するのが相当である、とした。
◆ H23.07.22名古屋高裁判決
平成23年(ネ)第418号不当利得返還請求控訴事件
消費者法ニュース90号188頁、国セン発表情報(2012年11月1日公表)
裁判官 中村直文、朝日貴浩、濱優子
第1審 名古屋地裁平成22年(ワ)第3100号
【事案の概要】
専門学校である被告は、入試方法として、AO入試、推薦入試、及び一般・社会人入試という3つの区分を設けていた。原告は、このうちの一般・社会人入試区分の専願入試及び学内併願制度を利用し、学内併願制度により、第2希望の学科に合格した。その後、原告は、平成22年3月15日に被告に対し在学契約解除の意思表示をし、納入した学費の返還を請求した。
【判断の内容】
被告の入学年度が始まるのが4月1日であること、定員について法令による一定の規制があること、併願受験も想定されることに照らして、大学の場合と別異に解するべきではない。
被告においては、早期に一般入試と異なるAO入試および推薦入試があること、一般・社会人入試の「専願」と「併願」はほとんど差異はなく、一次募集、二次募集および欠員募集合わせて計10回が予定されていること、被告においては、学内併願制度を設けており、第1希望の学科が不合格であった場合に自動的に第2希望の学科の選考が実施されることになっており、原告もこれにより合格したものであること、そして、原告が受験した学部の入学者は、欠員募集による入学者を加えても定員に満たなかったことが認められる。
以上から、原告が受験した区分の専願入試は、他の受験者よりも早期に有利な条件で入学できる地位を実質的に確保しているとも、また、学生が在学契約を締結した時点で、被告に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予想されるとも認めがたい実態にあるというというべきであるから、その在学契約の解除の意思表示が3月31日までになされた場合は、被告に生ずべき法9条1号所定の平均的損害は存しないものと認められるので、本件不返還特約は無効である。そして、原告が3月15日に解除の意思表示をしたことは明らかであるので、被告は原告に対し本件学費を返還する義務を負うとした。
◆ H23.07.15最高裁判決
平成22年(オ)第863号、平成22年(受)第1066号更新料返還等請求本訴、更新料請求反訴、保証債務履行請求事件
最高裁HP、最高裁判所民事判例集65巻5号2269頁、裁判所時報1535号265頁、判例タイムズ1361号89頁、金融商事判例1384号35頁、金融商事判例1372号7頁、判例時報2135号38頁、判例時報2157号148頁、金融法務事情1948号83頁、ジュリスト1441号106頁、民商法雑誌146巻1号92頁、現代消費者法13号103頁、国センHP(消費者問題の判例集)
裁判官 古田佑紀、竹内行夫、須藤正彦、千葉勝美
第1審 H21.09.25京都地裁判決(1)
控訴審 H22.02.24大阪高裁判決
【事案の概要】
建物賃貸借契約について,更新料条項及び定額補修分担金条項はいずれも10条に反し無効であるとして,賃貸借契約中に3回にわたり支払った更新料合計22万8000円及び契約締結時に支払った定額補修分担金12万円の返還を求めた事案。
【判断の内容】
以下の理由から、原判決を破棄し、更新料の支払いを命じた。
① 消費者契約法10条は,憲法29条1項に違反しない。
② 更新料は、賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり,その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると,更新料は,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当。
③ 10条の、民法等の法律の公の秩序に関しない規定、すなわち任意規定には、明文の規定のみならず,一般的な法理等
も含まれると解するのが相当。更新料条項は、任意規定の適用による場合に比し、消費差hである賃借人の義務を加重するものにあたる。
④ 問題となる条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的
(同法1条参照)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべき。
⑤ 更新料の前記性質からは、更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできないし、一定の地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや,従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとして,これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると,更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。
⑥ 賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料の支払を約する条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらない。
⑦ 本件には特段の事情はない。
⑧ 定額補修分担金の返還に関する部分は上告理由書提出がないため却下された。
◆ H23.07.12最高裁判決
平成22年(受)第676号保証金返還請求事件
最高裁HP、最高裁判所裁判集民事237号215頁、裁判所時報1535号257頁、判例タイムズ1356号81頁、金融商事判例1378号28頁、判例時報2128号33頁、判例時報2145号154頁、金融法務事情1948号90頁、現代消費者法13号110頁
裁判官 田原睦夫(補足意見)、那須弘平、岡部喜代子(反対意見)、大谷剛彦、寺田逸郎(補足意見)
第1審 H21.07.30京都地裁判決
控訴審 H21.12.15大阪高裁判決
【事案の概要】
マンション居室の敷金返還請求。敷引条項の有効性が争われた。
【判断の内容】
原判決を破棄し、本件敷引条項は10条違反にならないとした。
① 敷引特約について、賃貸人は,通常,賃料のほか種々の名目で授受される金員を含め,これらを総合的に考慮して契約条件を定め,また,賃借人も,賃料のほかに賃借人が支払うべき一時金の額や,その全部ないし一部が建物の明渡し後も返還されない旨の契約条件が契約書に明記されていれば,賃貸借契約の締結に当たって,当該契約によって自らが負うこととなる金銭的な負担を明確に認識した上,複数の賃貸物件の契約条件を比較検討して,自らにとってより有利な物件を選択することができる。賃貸人が契約条件の一つとしていわゆる敷引特約を定め,賃借人がこれを明確に認識した上で賃貸借契約の締結に至ったのであれば,それは賃貸人,賃借人双方の経済的合理性を有する行為と評価すべきものであるから,消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,敷引金の額が賃料の額等に照らし高額に過ぎるなどの事情があれば格別,そうでない限り,これが信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものということはできない(最高裁平成21年(受)第1679号同23年3月24日第一小法廷判決・民集65巻2号登載予定参照)。
② 本件では、敷引き条項について明確に読み取れる条項が置かれていたのであり、賃借人は本件契約によって自らが負うこととなる金銭的な負担を明確に認識した上で本件契約の締結に及んだものというべき。
③ 本件契約における賃料は,契約当初は月額17万5000円,更新後は17万円であって,本件敷引金の額はその3.5倍程度にとどまっており,高額に過ぎるとはいい難く,本件敷引金の額が,近傍同種の建物に係る賃貸借契約に付された敷引特約における敷引金の相場に比して,大幅に高額であることもうかがわれない。
(補足意見および反対意見がある)
【岡部喜代子反対意見】
① 敷引金は個々の契約ごとに様々な性質を有するものであるのに,消費者たる賃借人がその性質を認識することができないまま賃貸借契約を締結していることが問題なのであり,敷引金の総額を明確に認識していることで足りるものではない。
② 敷引金は,損耗の修繕費(通常損耗料ないし自然損耗料),空室損料,賃料の補充ないし前払,礼金等の性質を有するといわれており,その性質は個々の契約ごとに異なり得るものである。そうすると,賃借物件を賃借しようとする者は,当該敷引金がいかなる性質を有するものであるのかについて,その具体的内容が明示されてはじめて,その内容に応じた検討をする機会が与えられ,賃貸人と交渉することが可能となるというべきである。例えば,損耗の修繕費として敷引金が設定されているのであれば,かかる費用は本来賃料の中に含まれるべきものであるから(最高裁平成16年(受)第1573号同17年12月16日第二小法廷判決・裁判集民事218号1239頁参照),賃借人は,当該敷引金が上記の性質を有するものであることが明示されてはじめて,当該敷引金の額に対応して月々の賃料がその分相場より低額なものとなっているのか否か検討し交渉することが可能となる。また,敷引金が礼金ないし権利金の性質を有するというのであれば,その旨が明示されてはじめて,賃借人は,それが礼金ないし権利金として相当か否かを検討し交渉することができる。事業者たる賃貸人は,自ら敷引金の額を決定し,賃借人にこれを提示しているのであるから,その具体的内容を示すことは可能であり,容易でもある。それに対して消費者たる賃借人は,賃貸人から明示されない限りは,その具体的内容を知ることもできないのであるから,契約書に敷引金の総額が明記されていたとしても,消費者である賃借人に敷引特約に応じるか否かを決定するために十分な情報が与えられているとはいえない。
③ 消費者契約においては,消費者と事業者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差が存在することが前提となっており(消費者契約法1条参照),消費者契約関係にある,あるいは消費者契約関係に入ろうとする事業者が,消費者に対して金銭的負担を求めるときに,その対価ないし対応する利益の具体的内容を示すことは,消費者の契約締結の自由を実質的に保障するために不可欠である。敷引特約についても,敷引金の具体的内容を明示することは,契約締結の自由を実質的に保障するために,情報量等において優位に立つ事業者たる賃貸人の信義則上の義務であると考える(なお,消費者契約法3条1項は,契約条項を明確なものとする事業者の義務を努力義務にとどめているが,敷引特約のように,事業者が消費者に対し金銭的負担を求める場合に,かかる負担の対価等の具体的内容を明示する義務を事業者に負わせることは,同項に反するものではない。)。このように解することは,最高裁平成9年(オ)第1446号同10年9月3日第一小法廷判決・民集52巻6号1467頁が,災害により居住用の賃借家屋が滅失して賃貸借契約が終了した場合において,敷引特約を適用して敷引金の返還を不要とするには,礼金として合意された場合のように当事者間に明確な合意が存することを要求していること,前掲最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決が,通常損耗についての原状回復義務を賃借人に負わせるには,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であるとしていることから明らかなように,当審の判例の趣旨にも沿うものである。
④ 10条前段要件は満たす。
⑤ 後段該当性についてみると,原審認定によれば,本件敷引金の額は本件契約書に明示されていたものの,これがいかなる性質を有するものであるのかについて,その具体的内容は本件契約書に何ら明示されていないのであり,また,上告人と被上告人との間では,本件契約を締結するに当たって,本件建物の付加価値を取得する対価の趣旨で礼金を授受する旨の合意がなされたとも,改装費用の一部を被上告人に負担させる趣旨で本件敷引金の合意がなされたとも認められないというのであって,かかる認定は記録に徴して十分首肯できるところである。したがって,賃貸人たる上告人は,本件敷引金の性質についてその具体的内容を明示する信義則上の義務に反しているというべきである。加えて,本件敷引金の額は,月額賃料の約3.5倍に達するのであって,これを一時に支払う被上告人の負担は決して軽いものではないのであるから,本件特約は高額な本件敷引金の支払義務を被上告人に負わせるものであって,被上告人の利益を一方的に害するものである。
以上のとおりであるから,本件特約は消費者契約法10条により無効と解すべきである。
⑥ 上告人は,建物賃貸借関係の分野では自己責任の範囲が拡大されてきている,本件特約を無効とすることにより種々の弊害が生ずるなどと述べるが,賃借人に自己責任を求めるには,賃借人が十分な情報を与えられていることが前提となるのであって,私が以上述べたところは,賃借人の自己責任と矛盾するものではなく,かつ,敷引特約を一律に無効と解するものでもないから,上告人の上記非難は当たらない。